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中西さん今日の髪型すごく似合ってます☺️✨
秀長!待ってました。好きな武将です。
こんなにも美人で声も良い中西さんに気がいってしまうが、内容もしっかり入ってくる。最高ですね!
秀長は非常に人望が厚く家臣と秀吉の橋渡し役を行っていたので彼が亡くなってからは家臣同士の軋轢が生じてしまいましたね。弟が兄を一途に支えた家は他にも強い大名が多いですよね。
秀長。この男はただ者ではない。類を見ない優秀な人物である。
この先生は人物だな。語り口が優しいし。非常に良質な番組ですね。最近珍しく。
秀長、あの時代、唯一秀吉に面と向かって意見を言える人だったので、おそらく周りの武将からもかなりの嘆願を受け付けていたのかと。ただその中でどれを秀吉に伝えて納得させるか、或いは、どれは豊臣にとってマイナスなのかを見分ける内にかなりの見識がついて行ったのでは?と思いますね。内政の要だったかと。逆に言えば秀吉に直接言えないから秀長に嘆願に来ているから、秀長が断ったとしても相手からしたら仕方ない(秀吉と違って、意見しても処分されずに済んだ)と納得するしかなく、その意味でも聞き上手だったのだろうと思います。
豊臣秀長、待ってました。
秀長は大河ドラマで見たい。デコだし悠理ちゃんかわいい。
なんていい番組!村上義清に続いて秀長ですか!最高!めちゃくちゃ大好きな番組です!ありがとうございます!
加来さんの褒め方、昔から好きだなーw
堺屋太一さんの「豊臣秀長」はあまりにスリルがあって面白い小説だったので、一気に4回ほど読み直しました。最初は2冊の分冊でしたが、20年後くらいに1冊の文庫本になり読みやすくなっていましたから読み返すのも楽でした。後10年後くらいでもまだ命があれば改めて読んでみたい小説です。
大河ドラマ「真田丸」の、秀長と真田信繁の会話シーンは素晴らしいですよね。
秀吉がアクセル、秀長がブレーキの役割で豊臣政権は成り立っていたと思います。
そんな簡単な話ではないですなあ。
@@marty3612 比喩表現がわからない無粋な人ですね。
何を知ってて何が解らないのかが解って上下問わずに習う姿勢の人だったのでしょうね。なかなか出来そうで出来ない事です。
実は戦もめちゃくちゃ強い、金ヶ崎の退き口の実際の最後尾、浅井攻めの一番手、鳥取城攻め総大将、四国征伐、九州征伐全戦全勝。
中西さん、着物似合うな🎉
再来年の大河ドラマの主人公です!
秀吉、秀長共に優秀な人材なので、彼の家系にはそのDNAと進取果敢さがプラスされ、当時の武士達よりはるかに柔軟な発想ができたのかもしれません。本放送、楽しみです。最後の質問、海の埋め立て方法、壮大でダイナミックな話ですね!
前髪上げても、可愛いね😊
兄を支え続けた弟繋がりで武田信繁も取り上げて欲しい🙏
実現しましたな
美人な中西さんを観に来たら歴史の深さを知りました。
司馬遼太郎先生の短編も良かったですね!あの日空は青かったとか呟やきながら亡くなる最後
丹羽長秀さんの息子として生まれながら、羽柴長秀さん(織田家家臣の頃の豊臣秀長さんの名前)から藤堂高虎さんの養子として渡り歩いた藤堂高吉さんの数奇な運命は凄く興味深いです~
秀長が長生きしてれば別の世界線が見えたかもしれない
秀長とはタイムリーですね!加来先生と中西さんの取合せも馴染んで参りました!
今日もとても為になりました!中西さんの髪型もとても素晴らしい!
初デコ出し?これもカワイイ
埋め立ての技術を最初に気づいた人、すごいな・・・
海の埋め立てで舟に土砂は応用編だよね~もともと、竹籠に石を入れて川の堤防を作る方法がありましたからね~何でも、物事の発想の転換さえ出来たら上手い方法は見つかりますよね~
@@深縹-t1q 竹籠が初期型だったんですね!! 仰る通り発想の転換さえ、と常々思います。教えていただき、ありがとうございます。
おんな太閤記で中村雅俊が秀長を演じていたのがとても良かった。
足利直義と同様に高嶋政伸のイメージがこびりついてとれない武将です。
新しい事に挑戦する事に臆さず、挑む事。その原動力が、多分兄者への兄弟愛からであっただろう事、秀長の人となりが窺えるね。
NHKでしたかね、中村雅俊の秀長役が、ハマっていた気がします。
おんな太閤記
解説の様に農民出身の秀長の存在感は高かったと思う。兄弟間の軋轢も回避し、各方面との調整・斡旋能力は現代社会でも必要であるが、天下静謐に至る前では尚更大切。藤堂高虎の最終的領地は伊勢の津から伊賀であったが、大坂・京都に軍勢や物資を送るときに伊勢湾経由の重要地点を守ったので徳川期でも珍重されていた。なお中西さんは髪型を変えたので最初別の人に交代したのかと錯覚した。このスタイルも暖色系着物と共に斬新でよい。
加来先生の言われるようにそれまでやったことにチャレンジする向上心は今のビジネスにも通用する考えですね。自分で壁を作ると自ら成長を妨げことになりますから。
日本人のリスクを避ける文化は、いったいいつから根づいちゃったのかな~?
おお!秀長か!
本編も視ました。秀長が長生きしてたら豊臣政権と豊臣秀頼の運命も変わってたのでしょう。
良い番組ですね。あと大納言さん、55回目で登場というところが、いかにも彼らしい。自らの功績を隠すように、ひたむきに兄を支えたそのもののよう。久しぶりに、堺屋太一先生の本読み返そうかな。
改めて観たけど”先生”の厚みが違うなぁ…
蜂須賀小六正勝さんも番組で取り上げて頂きたいです!
偉人ということなら、普通に自由民権運動の板垣退助さんや公害問題の先駆者、田中正造さんみたいな系統も扱った方がいい気はする~
秀長が存命で、かつ前田利家も長生きしたら、家康の天下もかなり手こずったと思う。なぜなら、二人とも人望があり、豊臣家臣を分断できないので
家康自体が秀長と凄い仲良しなんですよね 病気になった時に何回もお見舞いに行ったり、仲良しの縁で藤堂を家康に紹介するくらいに。毛利輝元の上洛日記とかでも「秀長と家康が一緒に遊びに来た」って書くくらい仲良しだったらしい。 晩年の秀次事件に火の粉かかって浅野みたいに家康側に付くルートになりそう
@@フォード-i1w 確かに、関ヶ原合戦の西軍発起人である石田三成さんと豊臣秀長さんは九州征伐の兵站の件以来、仲悪かったかも?知れません~
@@フォード-i1w 秀長は、浅野とは立場も違い(大納言)、かつ実の弟でありながら、もし、家康に付くようなら、秀吉も浮かばれないように思う。ここは、私情は私情、豊臣家、秀頼の事を考えれば、秀長は家康と対立してほしいですね。前田利家も決して三成の事を好きでもないですが、豊臣家のために、家康と対立した。それだけの度量の大きさ、視野の広さが秀長にはあると期待してますが
@@user-nj5ce9dq3e なるほど~豊臣秀長さんという人がホントはどんな人物だったのか?本編に期待ですね~
@@フォード-i1w これはあり得そう。政権が徳川に移っても豊臣家は存続できたかも?そして敢えて豊臣の姓を捨てて羽柴秀長として有力外様大名として江戸時代を迎える。後壮大なIFだが政治力を駆使して豊臣本家を潰して秀頼を養子として羽柴秀長家を継がせる。
歴史的な流れから考察すると、豊臣秀長生存時の秀吉の立身出世、その後の失態。信長からの立場として秀長は陪臣ではなく直臣だという説もありますね。只者ではないと推察します。非の打ち所がない武将だと思います。
堺屋太一先生やおんな太閤記の影響ですっごいよくできた弟像あるけど晩年は仲ちょっと気まずかったらしい(部下の汚職問題で秀吉の年始の挨拶に出禁)大和郡山統治で荷止めや米の高利貸付、検地等で寺社・商人らを締め上げたり、九州征伐に参加した大名に割高な兵糧を売り付けようとして秀吉に注意されたり岡左内みたいな金に煩いエピソード(遺産が城の部屋いっぱいの金銀)も多いけど多くの大名と折衝できる人柄でもあるという、政商要素みあるギラついた秀長像も魅力よね
豊臣秀長さんはホンマに財テク能力がハンパないんだよね~
秀長が生きていたら、千利休は切腹がなかったかも。
秀次は?
堺屋太一さんの本を読み始めました。読んだ後で加来先生の番組を見て印象を確かめたいです。(BS11アーカイブにあるかな)。
秀長の個の能力が高いのもあるが、兄に秀吉、同僚相談役に竹中半兵衛・黒田官兵衛、蜂須賀小六、部下に無敵の藤堂高虎と徳川四天王に匹敵するエリート集団w何となく秀長って何でも卒なくこなす井伊直政に近いものを感じます。
豊臣秀長さんと井伊直政さんが似ていたか?は別にして~井伊直政さんが譜代大名筆頭の地位に上り詰めたきっかけは、秀長さんの兄貴、太閤豊臣秀吉さんにあるんだよね~秀吉さんが気に入って、直政さんに従五位下、豊臣姓を許したことからはじまり~当時の徳川家筆頭家老、酒井忠次さんを飛び越えて侍従となり、徳川家臣で唯一昇殿を許される厚遇を受け~その縁で、関ヶ原合戦の際に徳川家の外交官として大活躍~西軍の旗頭、石田三成さんの佐和山城を恩賞として貰うと、彦根城をはじめ彦根藩井伊家の礎を築き上げる~豊臣秀吉さんがもし江戸を選んでなかったら、もし井伊直政さんを選んでなかったら~江戸幕府は無かったかも?知れないですよね~やはり、豊臣秀吉さんこそ日ノ本はじまって以来の破格の人です~
つまり。苦労人。だと言われたいのですね。
豊臣秀長はもっと長生きしてれば徳川家康に負けず劣らずの知将になってたかも知れないですね、それに江戸幕府の誕生も無かったのかも。
内政や政争面というより名外交官という感じの方この方がいなければ豊臣家は他の権力者から攻められて崩壊していた
某会社の本社の税務経理給料をやっていたけど絶対にわからないという返事はするなと言われた。どこに問い合わせてもいいから。
12:59 ❌協働 ○教導
協働=同じ目的の為に対等の立場で協力すること
大和大納言と言われた様に、紀伊、大和、寺社勢力の強硬な反抗も鎮圧し、統治したのは、忘れてはならない!!
、
@@渡邊慎一郎-m6i ?
悠理さん、今回はおでこ丸出しですね。でも、いつもの髪型の方が好きです。
加来耕三は何時もデゴ丸出し…最近は大分禿げて来たなぁー💡、然し!吾輩は加来ファンですからm(_ _)m。
暴走機関車みたいな兄貴の尻拭いのストレスで常に胃痛で苦しんで寿命が縮んだ人みたいなイメージ。
肖像画が秀吉と全然似てないですね。秀長。
二つの評価は両方正しく両方間違っていると思う。両者を折衷すると事実に即することになると思う。秀吉が出世しなかったら優秀であってもきっかけがないから一生一農民だと思うし、秀長が優秀であったから秀吉が最終的に天下人になったのも正しい。
秀次を殺したことが問題だったと思う
たまたまラッキーな事に弟に秀長がいた。なんてある訳ないやろー!じゃあ秀吉もたまたま優秀で天下を取ったのかい?
秀吉の弟が優秀でラッキーとありましたが秀吉が超優秀なんで異父弟?同父弟?が優秀なのは必然では?笑大和郡山市出身なんでもっとフューチャーして欲しいです!
秀長は過労死しちゃったのかなあ
秀長は家康の手のかかった者に始末された気がするなぁ〜。ヒ素中毒かなんかで亡くなったんでしょ?
三成が殺した説が有力です秀吉のイエスマンだった三成には秀吉に意見する秀長が疎ましかっただろうし
家康と秀長は兄弟のような仲の良さで評判だったらしいぞ
@@もふもふ-x4p 普通に秀吉さんが始末した可能性も捨てがたいです~
ソクラテスの無知の知を持った秀長なのですね。
ソクラテスさんは権力者に逆らった反骨精神の持ち主ですが~豊臣秀長さんは秀吉さんのめっちゃYESマン~
中西さん今日の髪型すごく似合ってます☺️✨
秀長!待ってました。好きな武将です。
こんなにも美人で声も良い中西さんに気がいってしまうが、内容もしっかり入ってくる。
最高ですね!
秀長は非常に人望が厚く家臣と秀吉の橋渡し役を行っていたので彼が亡くなってからは家臣同士の軋轢が生じてしまいましたね。
弟が兄を一途に支えた家は他にも強い大名が多いですよね。
秀長。この男はただ者ではない。類を見ない優秀な人物である。
この先生は人物だな。語り口が優しいし。非常に良質な番組ですね。最近珍しく。
秀長、あの時代、唯一秀吉に面と向かって意見を言える人だったので、おそらく周りの武将からもかなりの嘆願を受け付けていたのかと。
ただその中でどれを秀吉に伝えて納得させるか、或いは、どれは豊臣にとってマイナスなのかを見分ける内にかなりの見識がついて行ったのでは?と思いますね。
内政の要だったかと。
逆に言えば秀吉に直接言えないから秀長に嘆願に来ているから、秀長が断ったとしても相手からしたら仕方ない(秀吉と違って、意見しても処分されずに済んだ)と納得するしかなく、その意味でも聞き上手だったのだろうと思います。
豊臣秀長、待ってました。
秀長は大河ドラマで見たい。デコだし悠理ちゃんかわいい。
なんていい番組!
村上義清に続いて秀長ですか!最高!
めちゃくちゃ大好きな番組です!ありがとうございます!
加来さんの褒め方、昔から好きだなーw
堺屋太一さんの「豊臣秀長」はあまりにスリルがあって面白い小説だったので、一気に4回ほど読み直しました。最初は2冊の分冊でしたが、20年後くらいに1冊の文庫本になり読みやすくなっていましたから読み返すのも楽でした。後10年後くらいでもまだ命があれば改めて読んでみたい小説です。
大河ドラマ「真田丸」の、秀長と真田信繁の会話シーンは素晴らしいですよね。
秀吉がアクセル、秀長がブレーキの役割で豊臣政権は成り立っていたと思います。
そんな簡単な話ではないですなあ。
@@marty3612 比喩表現がわからない無粋な人ですね。
何を知ってて何が解らないのかが解って上下問わずに習う姿勢の人だったのでしょうね。なかなか出来そうで出来ない事です。
実は戦もめちゃくちゃ強い、金ヶ崎の退き口の実際の最後尾、浅井攻めの一番手、鳥取城攻め総大将、四国征伐、九州征伐全戦全勝。
中西さん、着物似合うな🎉
再来年の大河ドラマの主人公です!
秀吉、秀長共に優秀な人材なので、彼の家系にはそのDNAと進取果敢さがプラスされ、当時の武士達よりはるかに柔軟な発想ができたのかもしれません。本放送、楽しみです。最後の質問、海の埋め立て方法、壮大でダイナミックな話ですね!
前髪上げても、可愛いね😊
兄を支え続けた弟繋がりで武田信繁も取り上げて欲しい🙏
実現しましたな
美人な中西さんを観に来たら歴史の深さを知りました。
司馬遼太郎先生の短編も良かったですね!あの日空は青かったとか呟やきながら亡くなる最後
丹羽長秀さんの息子として生まれながら、羽柴長秀さん(織田家家臣の頃の豊臣秀長さんの名前)から藤堂高虎さんの養子として渡り歩いた藤堂高吉さんの数奇な運命は凄く興味深いです~
秀長が長生きしてれば別の世界線が見えたかもしれない
秀長とはタイムリーですね!
加来先生と中西さんの取合せも馴染んで参りました!
今日もとても為になりました!中西さんの髪型もとても素晴らしい!
初デコ出し?
これもカワイイ
埋め立ての技術を最初に気づいた人、すごいな・・・
海の埋め立てで舟に土砂は応用編だよね~
もともと、竹籠に石を入れて川の堤防を作る方法がありましたからね~
何でも、物事の発想の転換さえ出来たら上手い方法は見つかりますよね~
@@深縹-t1q 竹籠が初期型だったんですね!!
仰る通り発想の転換さえ、と常々思います。
教えていただき、ありがとうございます。
おんな太閤記で中村雅俊が秀長を演じていたのがとても良かった。
足利直義と同様に高嶋政伸のイメージがこびりついてとれない武将です。
新しい事に挑戦する事に臆さず、挑む事。その原動力が、多分兄者への兄弟愛からであっただろう事、秀長の人となりが窺えるね。
NHKでしたかね、中村雅俊の秀長役が、ハマっていた気がします。
おんな太閤記
解説の様に農民出身の秀長の存在感は高かったと思う。兄弟間の軋轢も回避し、各方面との調整・斡旋能力は現代社会でも必要であるが、天下静謐に至る前では尚更大切。藤堂高虎の最終的領地は伊勢の津から伊賀であったが、大坂・京都に軍勢や物資を送るときに伊勢湾経由の重要地点を守ったので徳川期でも珍重されていた。なお中西さんは髪型を変えたので最初別の人に交代したのかと錯覚した。このスタイルも暖色系着物と共に斬新でよい。
加来先生の言われるようにそれまでやったことにチャレンジする向上心は今のビジネスにも通用する考えですね。自分で壁を作ると自ら成長を妨げことになりますから。
日本人のリスクを避ける文化は、いったいいつから根づいちゃったのかな~?
おお!
秀長か!
本編も視ました。秀長が長生きしてたら豊臣政権と豊臣秀頼の運命も変わってたのでしょう。
良い番組ですね。
あと大納言さん、55回目で登場というところが、いかにも彼らしい。
自らの功績を隠すように、ひたむきに兄を支えたそのもののよう。
久しぶりに、堺屋太一先生の本読み返そうかな。
改めて観たけど”先生”の厚みが違うなぁ…
蜂須賀小六正勝さんも番組で取り上げて頂きたいです!
偉人ということなら、普通に自由民権運動の板垣退助さんや公害問題の先駆者、田中正造さんみたいな系統も扱った方がいい気はする~
秀長が存命で、かつ前田利家も長生きしたら、家康の天下もかなり手こずったと思う。
なぜなら、二人とも人望があり、豊臣家臣を分断できないので
家康自体が秀長と凄い仲良しなんですよね 病気になった時に何回もお見舞いに行ったり、仲良しの縁で藤堂を家康に紹介するくらいに。毛利輝元の上洛日記とかでも「秀長と家康が一緒に遊びに来た」って書くくらい仲良しだったらしい。 晩年の秀次事件に火の粉かかって浅野みたいに家康側に付くルートになりそう
@@フォード-i1w
確かに、関ヶ原合戦の西軍発起人である石田三成さんと豊臣秀長さんは九州征伐の兵站の件以来、仲悪かったかも?知れません~
@@フォード-i1w 秀長は、浅野とは立場も違い(大納言)、かつ実の弟でありながら、もし、家康に付くようなら、秀吉も浮かばれないように思う。ここは、私情は私情、豊臣家、秀頼の事を考えれば、秀長は家康と対立してほしいですね。前田利家も決して三成の事を好きでもないですが、豊臣家のために、家康と対立した。
それだけの度量の大きさ、視野の広さが秀長にはあると期待してますが
@@user-nj5ce9dq3e
なるほど~
豊臣秀長さんという人がホントはどんな人物だったのか?本編に期待ですね~
@@フォード-i1w これはあり得そう。政権が徳川に移っても豊臣家は存続できたかも?
そして敢えて豊臣の姓を捨てて羽柴秀長として有力外様大名として江戸時代を迎える。
後壮大なIFだが政治力を駆使して豊臣本家を潰して秀頼を養子として羽柴秀長家を継がせる。
歴史的な流れから考察すると、豊臣秀長生存時の秀吉の立身出世、その後の失態。
信長からの立場として秀長は陪臣ではなく直臣だという説もありますね。只者ではないと推察します。
非の打ち所がない武将だと思います。
堺屋太一先生やおんな太閤記の影響ですっごいよくできた弟像あるけど晩年は仲ちょっと気まずかったらしい(部下の汚職問題で秀吉の年始の挨拶に出禁)
大和郡山統治で荷止めや米の高利貸付、検地等で寺社・商人らを締め上げたり、九州征伐に参加した大名に割高な兵糧を売り付けようとして秀吉に注意されたり岡左内みたいな金に煩いエピソード(遺産が城の部屋いっぱいの金銀)も多いけど多くの大名と折衝できる人柄でもあるという、政商要素みあるギラついた秀長像も魅力よね
豊臣秀長さんはホンマに財テク能力がハンパないんだよね~
秀長が生きていたら、千利休は切腹がなかったかも。
秀次は?
堺屋太一さんの本を読み始めました。読んだ後で加来先生の番組を見て印象を確かめたいです。(BS11アーカイブにあるかな)。
秀長の個の能力が高いのもあるが、兄に秀吉、同僚相談役に竹中半兵衛・黒田官兵衛、蜂須賀小六、部下に無敵の藤堂高虎と徳川四天王に匹敵するエリート集団w
何となく秀長って何でも卒なくこなす井伊直政に近いものを感じます。
豊臣秀長さんと井伊直政さんが似ていたか?は別にして~
井伊直政さんが譜代大名筆頭の地位に上り詰めたきっかけは、秀長さんの兄貴、太閤豊臣秀吉さんにあるんだよね~
秀吉さんが気に入って、直政さんに従五位下、豊臣姓を許したことからはじまり~
当時の徳川家筆頭家老、酒井忠次さんを飛び越えて侍従となり、徳川家臣で唯一昇殿を許される厚遇を受け~
その縁で、関ヶ原合戦の際に徳川家の外交官として大活躍~
西軍の旗頭、石田三成さんの佐和山城を恩賞として貰うと、彦根城をはじめ彦根藩井伊家の礎を築き上げる~
豊臣秀吉さんがもし江戸を選んでなかったら、もし井伊直政さんを選んでなかったら~
江戸幕府は無かったかも?知れないですよね~
やはり、豊臣秀吉さんこそ日ノ本はじまって以来の破格の人です~
つまり。苦労人。だと言われたいのですね。
豊臣秀長はもっと長生きしてれば徳川家康に負けず劣らずの知将になってたかも知れないですね、それに江戸幕府の誕生も無かったのかも。
内政や政争面というより名外交官という感じの方
この方がいなければ豊臣家は他の権力者から攻められて崩壊していた
某会社の本社の税務経理給料をやっていたけど絶対にわからないという返事はするなと言われた。どこに問い合わせてもいいから。
12:59 ❌協働 ○教導
協働=同じ目的の為に対等の立場で協力すること
大和大納言と言われた様に、紀伊、大和、寺社勢力の強硬な反抗も鎮圧し、統治したのは、忘れてはならない!!
、
@@渡邊慎一郎-m6i ?
悠理さん、今回はおでこ丸出しですね。
でも、いつもの髪型の方が好きです。
加来耕三は何時もデゴ丸出し…最近は大分禿げて来たなぁー💡、然し!吾輩は加来ファンですからm(_ _)m。
暴走機関車みたいな兄貴の尻拭いのストレスで常に胃痛で苦しんで寿命が縮んだ人みたいなイメージ。
肖像画が秀吉と全然似てないですね。秀長。
二つの評価は両方正しく両方間違っていると思う。両者を折衷すると事実に即することになると思う。
秀吉が出世しなかったら優秀であってもきっかけがないから一生一農民だと思うし、秀長が優秀であったから秀吉が最終的に天下人になったのも正しい。
秀次を殺したことが問題だったと思う
たまたまラッキーな事に弟に秀長がいた。なんてある訳ないやろー!
じゃあ秀吉もたまたま優秀で天下を取ったのかい?
秀吉の弟が優秀でラッキーとありましたが秀吉が超優秀なんで異父弟?同父弟?が優秀なのは必然では?笑
大和郡山市出身なんでもっとフューチャーして欲しいです!
秀長は過労死しちゃったのかなあ
秀長は家康の手のかかった者に始末された気がするなぁ〜。ヒ素中毒かなんかで亡くなったんでしょ?
三成が殺した説が有力です
秀吉のイエスマンだった三成には
秀吉に意見する秀長が疎ましかっただろうし
家康と秀長は兄弟のような仲の良さで評判だったらしいぞ
@@もふもふ-x4p
普通に秀吉さんが始末した可能性も捨てがたいです~
ソクラテスの無知の知を持った秀長なのですね。
ソクラテスさんは権力者に逆らった反骨精神の持ち主ですが~
豊臣秀長さんは秀吉さんのめっちゃYESマン~